322 継呪の老婆 sage New! 2005/12/04(日) 15:54:04 ID:orhP/4If0
 東京の自宅に戻る上りの新幹線の中で、私は、昨晩から今日にかけての出来事を思い返し、憂鬱になっていた。
ハンドバッグから、ベッコウの髪留を取り出し暫く見つめていると、涙が溢れ止まらなくなった。
幼馴染で親友でもあったトモに最後のお別れをするために、とある海沿いの小さな温泉町に行っていた。
私にとってもその町は故郷だ。髪留めをくれた、トモのお母さんの言葉を思い出した。

「トモちゃんとずっと仲良くしてくれてありがとう。あの子は、サトちゃんが
いるから、仕事は大変だけど東京の生活にも耐えられるって、いつも・・・」
トモのお母さんは、涙でそれ以上言葉を続けることができなかった。
最後に、この髪留を差し出して、私に告げた。
「お友達には、あの子の遺品をあげているの。これは、あの子が最後の日に身に着けていたもの。是非、サトちゃんに持っていて欲しいから・・・。」

 ふと、最後にトモと会った晩の光景が浮かんだ。深刻な顔で、彼女が、泣きながら私にしがみついていた・・・。
翌日、彼女は遺体で見つかった。
 トモの死には謎が多い。自室で発見された彼女の遺体は、体中の水分を失い、
まるで何年も太陽に照らされていたかの様に、衰弱し、干からびていた。
 窓の外は、いつの間にか雷雨になっている。暗闇に一筋の稲妻が走った。

323 継呪の老婆 sage New! 2005/12/04(日) 15:57:41 ID:orhP/4If0
 トモは、亡くなる1ヶ月前に帰省していた。彼女は小学校の時に温泉町に引っ越してきたが、すぐに彼女の父親が他界した。
トモの母と父の実家とは折り合いが会わず、父親の遺骨は分納されたと聞かされたことがある。
私は、そのとき父親の墓参りに行ったというトモの話しを思い出した。

「お父さんのお墓にいってね、お父さんに仕事とか恋人のことを報告したわ。
で、不意に気が付いたの。墓石をはさんで向こう側に、婆さんがみえたの。
お盆で他にも人はいたけれど、気になったのは、その婆さんが私の方をじぃっと見つめてた事よ。」
私の部屋に休息に来たトモは、小さな巾着袋を
取り出しながら、話を続ける。
「私と目が会うと、すぐにかがんで、お墓の前で、ブツブツと呟いていたわ。」トモは袋の紐を解き、中をまさぐる。

「恐怖雑誌の編集なんてやってるからかしら。職業柄ね、ピンときたのよ。」
得意げに言った彼女は、沢山の白い破片とアン肝の干物のようなものを、袋から取り出し、机に広げた。
「私は婆さんに話かけたの。綺麗な髪留めを
手で押さえ、婆さん、ブツブツ言いながら私の顔を見上げたわ。
どこかで見た顔だと思ったら、クラの婆さん。知ってるでしょ?三つ上のクラタよ。彼のお通夜で会ったわ。」
トモが語る。私が怪訝な顔で、机の上の物に手を触れようとするが、彼女は私の手を掴み、話を続けた。
「挨拶をしてお別れしけど、何か引っかかったのよね。私の名刺を渡しておいたわ。」
窓を眺め、私は一息つく。気が付けば外は雨になっていた


324 継呪の老婆 sage New! 2005/12/04(日) 16:04:31 ID:orhP/4If0
 新幹線の車窓に雨が滴る。私は静かに目を閉じた。死の前日、必死で私にすがりついたトモは、耳元で何かを囁いた。
彼女の手を握り、頷く私・・。
「分かってたよ。トモ。・・・」私は、再び一ヶ月前のトモの話を思い返した。

トモは興奮していた。「その日の夜遅く私の家に来たのよ。あの婆さんが!私、思わず「ビンゴ!!」って叫んじゃったわ。」
タバコを取出し火をつけて、
「婆さんは暫く黙っていたけど、意を決し、私に語り始めたの。」トモは続けた。
トモによれば、老婆の話は次のようなものだった。老婆は、トモを心霊等の専門家と思って訪ねてきた。
有名な霊能者を紹介して欲しいと、頼みに来た。
「わしの一族は、代々この呪いを受け継いできたんよ。」老婆は言った。
「けんど、一族の者は皆死に絶え、もう引継先がないんよ。呪いを引き継ぐのが私んトコの
使命だんべの、途方にくれとったんよ。」老婆は、小さな巾着袋を取り出した。

「もう何日も残っとらんのよ!わしの、すぐ近くまで来とる!」取り乱す老婆をトモは落ち着かせ、詳しく話を聞きたいと申し出た。
老婆は、呪の内容について語り始めた。「明治時代の初めだったんよ。
この集落の浜辺に大きな黒い二枚貝が流れついての、漁師共がすぐに貝を開いたんよ。食おうと思ったんかの・・・。」
老婆は、お茶をすすって一息ついた。トモには、海の音が異様にはっきり聞こえた
そうだ。まるで、家が海の上を漂っているかのように・・・。

325 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 16:12:35 ID:orhP/4If0
老婆が話を続ける。「二枚貝の中から一枚の紙切れが出てきたんよ。
ほら、神社の裏に祀ってあんべ?」トモは、小学生の頃遊んだ神社の裏手にある、一枚の額縁を思い出した。
「シノビガタキコノカワキ ウツセニタスクモノナシ コノウエハ ジョウドニテ ミタサレントホッス」
心霊マニアのトモは、暗記していたこの言葉を呟いた。「そんだ。んで、そいつが一緒に入ってたんだんべ?」老婆が袋を指差す。
「そりゃ、あれだ。砕かれた歯と、人間の舌の干物じゃ。」老婆の瞳が少し光った。
「どこから来たんか分からん。けんど、これが流れ着いてから集落のもんが次々と死んだべ?干からびての。
きっと禍々しいもんに違いねぇと、わしのひぃ婆が色んな村に尋ねてまわったんよ。そんで、御崎郷の神主様がお払いしよったんよ。
その後は村人の死ぬ数がへったべ?けんど、完全に呪いを解くんは無理よっての。」
この昔話は、トモも聞いたことがあった。が、呪は解かれて終わる筈だった。

「んで、神主様がひぃ婆に命じんよ。一族で呪いを受け継ぐんさってな?ひぃ婆は呪いのことを色々聞きまわって、
詳しかったで、その一族なら呪いを解く方法を見つけるかも知れんべってな。呪いを拡散させんためには、生贄が歯の欠片と
舌の干物を飲むんじゃって。歯の破片が全部無くなりゃ、それでもええってな。」
トモが袋を開けると、砕けた歯と舌の干物が入っていた。老婆が言った。
「まだ、50個近くもあんべ?戦前は10年周期くらいじゃった。年老いたもんが、進んで引受けたんよ。
けんど、戦後になって周期がどんどん早くなったんじゃ。仕舞にゃ、毎年、引受人を選んどった。
複数はあかんで、一個しか飲めんべ?わしは呪いを調べとったで最後に残されたんよ。けんど、わしには引継先がないんよ。
解呪の法もわかっとらん。呪いは、わしが死んだら、また拡散すんべ?また沢山、人が死ぬんじゃよぉ・・・。」
トモは袋を預り、霊能者に渡すと約束したそうだ。
その数日後だった。老婆の干からびた遺体が見つかったのは。
332 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 16:55:45 ID:orhP/4If0
「それがこれなのよ!」私は、トモが興奮を隠せずに言ったのをよく覚えている。
外では雷雨が激しさを増していた。雨粒が次々と現れては糸をひいて消えていく。
ぼんやり窓を眺めていると、車内販売のワゴンが映った。私は、顔色を変えた。
窓に映ったワゴンは、何かが違う。お菓子の代わりに積まれているのは・・・。
トモだ。トモの首、手、足がワゴンにバラバラに積まれていた。口から、紫色の長い舌がだらりと垂れ下がっていた。
私は「んぎぃっ!!」と大声を出し、座席から飛び跳ねた。
ふと我に返った私は、自分に注がれた好奇の目に赤面し、とっさに、「あの、笹団子をください。」と販売員に告げた。

東京駅までは、まだまだ時間があった。私は、トモが死ぬ間際にかけてきた
電話のことを思い出した。断末魔の悲鳴とともに途絶えたトモの声を。
「もしもし、サト?お願い聞いて!!これじゃ、これじゃぁ・・・・・」
絶叫が響いた。後には、電話の向こうでブツブツ呟く、しゃがれた声が聞こえた
気がしたが、良く覚えていない。考えているうちに、私は眠ってしまった。

夢を見た。それは数日前の現実。私は、耳元で最後の願いを囁いたトモを強く抱きしめ、微笑んだ。
大好きな中国茶を淹れた。白い破片と干物を煎じ、お茶と一緒に飲み込んだ。トモが涙を流し、繰り返した。「ゴメン・・。ゴメンね・・。」
私は、そっと彼女に口付けて言った。「一人で苦しんだんだね。」そして、トモの手を握り、囁いた。
「分かってたよ。トモ。あの町に代々住む人は皆、知ってる。」
目が覚めた。私は呪いを受け継いでいる。残された時間は少ない。


333 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 17:04:12 ID:orhP/4If0
 真夜中に、私は自分のベッドで目を覚ました。外では今夜も雨が降っている。
灯りもつけず、私は、妙に冷静な頭で思考をめぐらせた。
私が生きている間に、呪いを受継ぐ人を探さなくてはならない。妹のネネとナナ。そして、父の姿が頭に浮かんだ。
母親は幼少に家を出て、その後会っていない。私は首を振った。
家族を生贄に選ぶなど、私にはとても考えられなかった。信頼できる友人を思い浮かべた。嫌いな人間を騙して飲ませようかと思った。
だが、次の犠牲者を選ぶことなど、とてもできなかった。苦悩の中、悪魔が囁いた。
「いっそ、呪いなんて拡散すればいい。私の死後何人死のうが、知ったことじゃない。」

 呪いの影は、一歩ずつ私に近寄ってきていた。最初は、郵便受けだった。
幾つもの歯型の付いた封筒が入っていた。先週は、玄関のドアノブが変形し、そこに歯型が浮かんでいた。
一昨日は、ベッドの木枠が噛み砕かれていた。
私は、寝汗でべたつく体を流すため、シャワーを浴びることにした。考えをまとめる助けになるかもしれないとも思った。
服を脱ぎ、湿った浴室へ入る。
鏡に映った自分の姿を見つめた。「まだ生きている・・。生きている・・。」
思わず私の口をついた言葉に背筋が凍り、急いで髪を洗う。目を開けると、呪が私の顔を覗き込んでいる。
そんな不気味な映像が浮かび、目を堅く閉じ、 私は急いでシャワーを済ませた。脱衣所で、髪の毛を乾かした。その時だ。
鏡越しに何かが目に映った。脱衣所の入口から覗く、白く干からびた顔。
私は目を見開いた。口からは、だらりと垂れた紫色の長い舌が、私の背後へ伸びてきている。
私の絶叫が部屋に響いた。私はうずくまった・・・。
暫く後で目を開けた。顔はもうない。突然、声が耳に響いた。「コノカワキモウ スコシ・・・」。翌朝、私は実家へ向かった。 


334 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 17:15:58 ID:orhP/4If0
 実家に帰った。ネネとナナ、そして父が私を優しく迎えてくれた。
親友を失くした私を心配し、励ましてくれた。「いつでも帰って来い。お前の一人や二人、いくらでも世話してやる。」
いつもは寡黙な父が力強く言ってくれた。
「悩みあったら相談してね、彼氏のこととか、仕事の愚痴とか。」ネネとナナが私の背中をたたきながら笑った。
結局、家族には、呪いのことは話せなかった。私は、呪いを拡散させる道を選んだ。もう、何も考えたくない。
 私は部屋に戻り、荷物をまとめた。家族や友人一人一人に手紙を書いた。
手紙はポタポタと湿っていく。涙で文字も良く見えなかった。やがて、涙も枯れ果てた。
私は、灯りを消してベッドに座り、静かにその時を待った・・。

 外から、ズリズリと何かを引きずる音が聞こえ、私は思わず飛び跳ねた。
心臓が止まりかけた。そのまま止まってくれればいいのに。玄関の扉が開いた。
呪いが、私の部屋に入ってきた。その正体を見た私は、意外にも冷静になった。
ズルズルと長い舌を引きずり入ってくる白く乾いた顔。恐ろしく、愛しい顔。
「トモ・・・。」彼女はグルリと反転した目玉で私を見つけ、すぅっと私に近づき、紫色の長い舌を私の口に押し込んだ。
立ったまま、石の様に固まった私は、喉を通る長い舌の感触に身悶えした。
私の体内で、その舌がポンプのように何かを吸い上げている。あっという間に力が抜けて、意識が薄らいだ。
絶望が、私を包んだ。お終いだ。これで呪いは拡散する。私の瞳に、最後に映ったのは、トモだった。
私の水分を吸い取ったのだろう、彼女の顔は、元の張りのある艶を取り戻していた・・・。何も見えなくなった・・・。
トモの言葉が聞こえた。「サト。サトは正しい選択をしたよ。ありがとう。
呪にはもう、拡散する力はないよ。飲み込んだ人から人へと、ただ、受継がれるだけ。」私は安心し、深い眠りに沈んでいった。

337 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 17:25:06 ID:orhP/4If0
 私は、闇の中で眠りについていた。不意に、強烈な渇きを覚えた。
急に、暗闇から引きずり出される。私の喉は張り付いて、一滴のつばも出ない。
私は、舌をたらし、喉を掻き毟って水を求めた。ふと、遠くに人間が見えた。
私は近くの木に噛み付いた。水分は吸えなかった。遠くに見える女。あそこへ行けば、水がもらえる・・・。
数日後、私は女の家の入り口に立っていた。
女の姿が少し大きく見えた。また数日後、私は再び暗闇から引きずり出された。
やけ付いた喉が潰れそうだった。今日は、ついに、女の姿が大きく見える所まで近づいた。手を伸ばせば届きそうだ。
だが、私の手は動かない・・。
「水をください」その一言を伝えたくて、私は、動く部分をとにかく彼女に近づけた。舌だけが動く。舌を長く伸ばし、必死に女に訴えた。
だが、女は私を救おうとせず、悲鳴を上げて逃げ去った。私は再び闇に引き戻された。
「ドウシテ キヅイテクレナイノ コノカワキヲ イヤシタイ ダケナノニ」
私は、唯一動く舌で暗闇の中で必死に水を求めた。だが、希望は見えている。
「モウスグダ モウスグ ミズヲ モラウコトガ デキル」私は確信した。
苦しみの中に喜びの笑みを浮かべた。

 ついにその日が来た。私は女のすぐ近くにいる。渇きを潤すことができる喜びが、私を支配した。怯えた女が、何か言っている。
大粒の涙を流して。
「私、死体を見たときに気づいたの。」水分がもったいない。水を無駄にするこの女が私は許せない。
「お父さんが、親戚を説得してくれたから。」私は、水をもらう事を諦めた。水の大切さの分からぬこんな女に頼んでも仕方ない。
そうさ。奪い取ればいい・・・・・。       

339 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 17:31:39 ID:orhP/4If0
薄暗い部屋。ざわつく風の音。怯える女。私は紫色の長い舌をのばし、女の口から体内に突っ込んだ。
水分が、舌を伝って喉を潤す。永遠の渇きから解放される快感が、私の脳を支配した。存分に渇きを潤した。女が、床に崩れた。
 突然、周囲がはっきりと見えた。見慣れた場所。実家。妹のネネの部屋。
見下ろすと、女が干からびて倒れている。女は、今正に枯れようとする喉でかすれた声を出した。
「だい・じょぶ・。ナナも・おと・さんも・・のんだ ・・から。呪は、私・たちで・・引き継ぐ・から・・の・ろいは・・拡散・
させ・・ない・。町・・に・・うまれ・た・・ものの・・宿・・命。」

渇きから解放された私の目に、涙が一気に溢れた。「どうしてなの!!!」
私は、絶望に泣き叫んだ。そのとき、ナナと父が部屋に入ってきた。
ナナが干からびたネネの肢体にすがりつき、泣いた。「ネネ。ゴメンね。私もすぐに行くからね。寂しくさせないからね。」
ナナは、ネネの干からびた口に何度も水を含ませながら、優しく語りかけた。父も涙を堪え、拳を握った。
「次はオレが行くからな。サト、ネネ。親戚も説得したぞ。それに・・・。」
父の手には、あの巾着袋が握られていた・・・。

私は、理解した。家族が私の遺品を整理した時、袋を見つけ出したことを。
家族が、私同様、集落の呪いを知っていたことを。私の大切な家族は、トモの語った真実を知らない。
正義感から、自ら進んで呪いの罠に捕らわれたのだ。
私は叫んだ。「呪は拡散しない!すぐに袋を捨てて!」しかし声は届かない。
私は巾着袋を取り上げようと、手を伸ばした。しかし、手も届かなかった。
絶望の中で、闇が私に手を伸ばしてきた。家族の姿が遠のく。泣き叫ぶ私を、暗闇が、再び引きずり戻していった・・・・・。   

341 継呪の老婆 ◆38avq92H7U sage New! 2005/12/04(日) 17:38:09 ID:orhP/4If0
 私は、目を覚ました。眩しい光が、私を包んでいた。
ふと、暖かい手が、私の手を握った。視線を上げると、その先には、トモが微笑んでいた。
「おかえり。また会えたね。サト。」トモは、両腕で私を抱きしめてくれた。
私は、涙が止まらなかった。100年の孤独から解放された気持ちだった。
「ゴメンね。そしてありがとう。」トモが言った。周囲に、お婆さんがいた。
ベッコウの髪留めが、老婆の頭を美しく飾っていた。
老婆は、トモの部屋で落としたベッコウの髪留めを大切そうに手でなでて、微笑んだ。
よく見ると、クラタも。その姉も、親も、皆いる。私は、トモを抱き返し、囁いた。
「大丈夫。全部分かったよ・・・。トモ。」私は理解した。もうすぐ、皆、ここへ来る。
ネネもナナも、お父さんも。別れは一寸の間だけ。苦しみと恐怖を経て、最後にはここにたどり着く。
自らを犠牲にし、呪いに対抗した者は、必ずここにたどり着く。

 ふと、父の言葉を思い出した。「親戚も説得したぞ。それに・・・。」そう、父は言った。
「それに、もう生贄選びに苦しむことはないぞ。歯も舌も、粉に
する。町の食堂で、塩や胡椒に混ぜて誰かに食べてもらうから。10年もすれば全て終わるさ・・・。」
私は少し不思議な胸騒ぎを覚えたが、考えがまとまらなかった。すぐに、そんなことは忘れてしまった。
自らの意思で犠牲にならなかったものは、永遠に渇きの中をさ迷い、新たな呪いを引き起こしていく・・・。
だから、呪はこれからも続くだろう。しかし、今の私にとっては、あちらの世界の呪いなんて、ちっぽけなことだった。
この場所で、私はみんなと過ごすことができるのだから。    (完・・。)