959 【1】 2005/11/27(日) 23:33:34 ID:lz2oetyi0
子供のころ、よく川原で遊んだが、
決まって雨がふり出した夕暮れどき、
対岸の葦のあいだに男の子がぽつんと独り、
黄色い傘をさしてこちらを見ていた。
いつも決まって雨がふり出した夕暮れどきだ。
だれもその子の名を知らず、そこでしか見たことがない。

おれはそのまま地元で成人し、家族を持った。
都会に出た仲間を羨ましく思うこともあったが、
たまに彼らが戻ってくると、必ずおれに
「おまえが羨ましいよ」と言う。
田舎暮らしもそれほど悪いものじゃない。
しずかに日々が過ぎ、子供も来年は小学生になるはずだった。

960 【2】 2005/11/27(日) 23:34:27 ID:lz2oetyi0
ある夕方、おれは長男をつれて川原に遊びにいった。
危険なので、独りでは川に近づくな、と教えていた。
ふり出しそうな曇天の下、土手の上から川原を見ると、
おれの子供のころとほとんど変わっていない。
長男は川原の小石を積んでピラミッドをつくったり、
浅瀬のみずすましを追いかけたりして遊んだ。

案の定、ぽつりぽつりと、雨が降り出した。
おれは用意してきた折りたたみ傘をひろげ、
「帰るよ」と長男に声をかけた。
長男はうなずき、おれの傘の下に飛びこんできた。
家に戻ろうとすると、長男がじっと川原のむこうを見ている。
おれもそちらを見ると、対岸の葦のあいだにぽつんと独り、
黄色い傘をさした男の子がこちらを見ていた。
おれは子供のころを思いだしかけた。
子供のころに見た男の子の表情は、服装は、クツはどうだったか。
対岸の男の子は目を無表情に見ひらいたまま、
口もとだけで笑った。
長男は男の子をじっと見ている。
おれは、長男を抱きかかえるようにして、川原をあとにした。


961 【3】 2005/11/27(日) 23:35:06 ID:lz2oetyi0
その晩、長男は少し熱を出して寝込んだ。
眠るとき少しむずかって、おれと女房のあいだに入り込んできた。

明け方、なにかの物音におれは目を覚ました。
部屋のふすまが開いていて、隣の布団で寝ていた長男の姿が見えなかった。
廊下に出てみると、玄関のドアも開いている。
表に出てみると、夜明けまえの薄明のなか、道のはるか先を長男が走っていく。
「○○!」
おれは長男の名を呼んだ。
だが長男は振り返りもせず走っていき、すぐに姿が見えなくなった。


962 【4】 2005/11/27(日) 23:35:39 ID:lz2oetyi0
おれは全力で長男の後を追った。長男は川原の方にむかったのだ。
夜露にぬれた土手を駆けあがると、朝霧のなか、
いつのまに川を渡ったのか、対岸に長男の姿がみえた。
おれは長男の名を呼ぼうとした。
そのとき霧が流れ、長男の隣に男の子が独り、立っていているのに気づいた。
男の子は黄色い傘をひろげると、長男と一緒にその傘をさした。
ふたたび霧が流れ、二人はそのなかに姿を消した。

おれは長男の名を叫びながら、明け方まで川原を探しまわったが、
その姿をみつけることはできなかった。
その後、警察と地元の青年団などが総挙げで捜索にあたってくれたが、
今日に至るまで、長男の行方は不明のままだ。